「さくら貝の歌」誕生秘話


沢木順さんの父上が著名な作曲家、八洲秀章氏であることは良く知られています。その作品の中でも「さくら貝の歌」は有名ですが、そこに歌われるさくら貝は沢木さんの育った鎌倉の海岸でも、かつて多く見られたものです。
「さくら貝の歌」誕生にまつわる話を地元誌「鎌倉朝日」が次のように紹介しています。

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 敗戦後の暗い世相の中にあって、戦後初の企画映画『そよ風』の主題歌「リンゴの歌」は全国津々浦々で流行した。大本営発表に代わってラジオから流れる軽快な<ラジオ歌謡>も愛唱され、昭和二十四年七月の「さくら貝の歌」は、女性の心をとらえた。

 うるわしき桜貝ひとつ
 去りゆける君に捧げむ
 この貝は去年の浜辺に
 われひとり拾いし貝よ

 作詞土屋花情、作曲八洲秀章、すでにこの歌は昭和十八年に完成していた。八洲は病で失った恋人の面影を抱いて鎌倉に住み、浜辺で見た光景に託して「わが恋の如く悲しさやさくら貝かたひらのみのさみしくありて」の和歌を作った。これを逗子町役場に勤める友人花情に示して作詞を依頼、曲をつけた。
 「さくら貝の歌」の成功につづき八洲は「あざみの歌」「マリモの歌」と次々とヒットを飛ばした。三十四年レコード大賞童謡賞、五十二年内村直也文化賞を受賞したが、六十年十二月山ノ内の自宅で七十年の生涯を閉じた。
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鎌倉朝日2000年5月2日号
「かまくら今昔抄35 -様々なさくら貝の歌-」より抜粋

逗子市にある浪子不動(高養寺)下の小公園に平成3年、「さくら貝の歌」の歌碑が建てられました。近くの海岸には徳富蘆花の「不如帰」文学碑も建っています。一度訪ねてみては如何でしょうか。

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